2016年09月20日

やっと退院することが…

先月の8月に内科に検診に行ったら、血糖値が異常な値を示していたということで、近くの総合病院に紹介状を書かれ、精密検査を行うことに。結果、その日のうちに入院となった。とうとう小生も糖尿病者の仲間入りを果たすことに。

朝昼晩の食事の前と就寝前の4回、血糖値を自分で測り、インスリンの働きを良くする注射も腹部に自分で行う。結構辛い入院生活だったが、お陰様で先日、退院することができた。感謝である。毎日の食生活を見直すよい体験となった。

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2016年08月26日

Facebookの世界的ネットワークの脅威

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初対面の挨拶で連絡先を交換する際、メールアドレスを訊ねるというのはちょっと昔の話。今では、メールの代わりにLINEを交換しましょうとか、Facebookのアカウントを教えて、というのが最近の潮流のような気がする。

猫も杓子もLINEやFacebookを使っている昨今、特にブログ的意味合いが強いFacebookは、老若男女、多くの人たちが利用している。通常のブログと違って特定の人だけが閲覧できるところが特徴であるFacebookだが、今やその利用者数は世界中に広まっている。

写真は数年前のFacebookの利用ネットワークを画像化したもの。光の線が太ければ太いほど利用者数が多いことを示している。私のネットワークは、主に米国と東欧、そして日本に集中している。





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2016年08月25日

映画『ダンサー・イン・ザ・ダーク』を観て

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<画像出典:AllMoviesより>

ここ20年で観た映画のなかでも、2000年にデンマークで制作された映画『ダンサー・イン・ザ・ダーク』の印象はとりわけ強烈で、いまだに最後の場面が夢に出てきそうな気さえしている。敏感な?私のハートをグイッとえぐったこの強烈な最後の場面というのは、冤罪の末に死刑宣告まで受けてしまう盲目の主人公セルマの不器用な生き様。尋常でない不器用さに、観ているこちらがじれったくなるほど。いや、じれったさを通り越して、苛立ちさえ覚える。

セルマの息子は、遺伝により13歳になるまでに手術を受けないと失明する運命にある。貧しい生活で切り詰めながらこつこつと貯めてきた息子の手術費用が、こともあろうに隣人ビルに盗まれてしまう。セルマはお金を取り返そうと盗人ビルの家を訪ねたが、二人で揉め合っているうちに、たまたまその場にあった銃が暴発し、誤ってビルを殺してしまうことに。

殺人犯として誤認逮捕されて裁判にかけられたセルマは、偶発的な発砲事故で死んだビルに不利になる発言を一切拒否してしまう。実はその背後にあるのは、ビルが生活に窮していることを一切に他人に漏らさないという単なる口約束のみ。そして、セルマはビルの名誉のため、彼との口約束に頑ななまでに固執し、とうとう冤罪の末に絞首刑で処刑される最後の場面まで、自分に有利な証言の一切を拒んでしまう。

「この際、ビルの名誉なんかもうどうでもいいではないか」「たかが口約束ではないか」「死人に口なしではないか」と映画を観ている私は正直そう感じずにはいられない。セルマを単なる不器用で一途な女として言い切ってしまうのは容易いが、果たしてそれだけで済まされるだろうか。隣人で盗人のビルという人物は、その所業からどこにでもいる普通の人間、要するに創世記に登場するアダムとイヴそのもの。一方、原罪を背負った我々との口約束を自らの命と引き換えに処刑されたセルマを、ついつい十字架の上のキリストに置き換えてしまう。

実はセルマにとって、唯一の癒しは歌を歌うこと。自らが処刑されるというのに、呪文を唱えるかのごとき一心不乱になって歌い続けるセルマ。この一見すると奇妙な姿ではあるが、日々の糧となる聖句に親しみ、御言葉のうちに自らの平安を見出そうとする敬虔なクリスチャンの姿と重ねてしまう。周囲の目を気にせず、なりふり構わず突き進んでいく圧倒的なセルマの力強さに、自分の弱さが露呈されてしまうような錯覚さえ覚える。

冒頭に述べた「じれったさを通り越した苛立ち」というのは、まさに自分の信仰がいかに弱いかを正面きって突きつけられて何も反論する余地がないことに起因しているのかもしれない。「呪文を唱えるように」という表現は適切ではないが、それぐらい真剣になって聖書を読み、そこから何かを学び取ろうという姿勢がもうちょっとあってもよいのでは、と自分に言い聞かせる毎日である。

盲目のセルマは、人生の最後の場面で究極の二者選択を迫られる。偶発的に起きてしまった殺人事件で冤罪を受ける代わりに息子が手術を受けられるようにするか、それとも正当防衛を主張して刑の軽減を求める代わりに息子の手術を放棄するか。

ストーリーの最後の場面で、息子の手術代は工面してもらう代償として、セルマはただ黙って全ての罪を被らざるを得ない状況へと追い込まれていく。セルマとしては、なおさらのこと無実を声高に主張することができなくなっていくという、まさに人生における負のスパイラルに陥っていく。こんな状況下にもかかわらず、セルマはなにかに取り付かれたかのように唯一の楽しみであるミュージカルの歌を口ずさむ。

このセルマという盲目の母親にとって、唯一の楽しみはミュージカル。冤罪の末に処刑される最後の場面だというのにもかかわらず、平然と歌を歌い続ける。その光景があまりに不自然で、今どきの表現を借りるのであれば、「アリエナ〜イ」となるのだろうか。普通なら恐怖におののき、「実は隣人ビルが私の金を盗み、銃だって事故で暴発しただけなんだ。私は無実だ」とわめき散らすに違いない。

その後、ストーリーが少しずつ進展し、息子の手術代は工面してもらう代償として、セルマはただ黙って全ての罪を被らざるを得ない状況へと追い込まれていく。セルマとしては、なおさらのこと無実を声高に主張することができなくなっていく。まさに、人生における負のスパイラルに陥った状態といえよう。

息子の手術はもちろんのこと、本来の罪人であるビルとの約束を自分が犠牲になってまでも守り通したセルマに圧倒的な強さを感じずにはいられない。

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2016年08月24日

中華料理「昭楽」(横浜・西戸部)

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今ではもう閉店してしまっているが、横浜の西戸部町にある中華料理「昭楽」は、知る人ぞ知る名店だった。特に値段の面で懐にとても優しいし、味もそこそこいい。当然、出前もしてくれる。

ここの女将さんとは長年の付き合いがあり、顔見知りである。ご主人が作る玉子野菜炒めは絶品だった。いつもビールの大瓶を飲みながらつまみとしていただいていた記憶がある。

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2016年08月23日

そこはヤメて!

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具体的なサルの種類は失念したが、これも横浜にあるズーラシアという動物園で飼育されているサルの一種。

お互いに毛繕いをしている。だが、その場所はヤメて〜と叫びたい。

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2016年08月22日

田貫湖から富士山を望む

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東京近郊で最も好きな湖は、静岡県の富士宮にある田貫湖。そこから眺める富士山がとても素敵。

田貫湖のダイヤモンド富士は、富士山頂から昇る朝日が光輝く様子が湖面にも映し出されることから、上下合わせてダブルダイヤモンド富士とも言われている。

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2016年08月21日

カンガルーよ、お前は人間か?

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横浜にあるズーラシアで飼育されているカンガルー。

何だか二日酔いのオヤジが寝そべっている感じがする。

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2016年08月20日

魚貝バル「HAMAJIRUSHI」(横浜・野毛)

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野毛にある魚貝バル「HAMAJIRUSHI」にて、会社の先輩と一献。彼は病床にある私を気遣って、サラリーマンの聖地「野毛」での一献に誘ってくださった。

店に入ると、日本語が堪能なスリランカ人従業員が笑顔で迎えてくれる。イカげそバター焼き、サザエの壺焼き、大あさり焼きをそれぞれ注文。最初はホッピーだったが、次第に赤ワインへと移行する。

無理矢理出される無駄なお通しもなく、明朗会計。

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2010年日本APEC会議が横浜で開催

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APECとはAsia-Pacific Economic Cooperationの頭文字をとったもので、日本語での正式名称はアジア太平洋経済協力という。

APECに加盟する国と地域が参加する一連の会議が、横浜で去る2010年に開催された。そのなかの一つでもあるSME(中小企業)サミットを担当した私は、警察による警備の下、要人等の参加者がスムーズに会議室を入退室できるように工夫したり、細々とした仕事をしたりしていた。

物々しい警備ではあったが、APECレベルの会議になれば当然のことなのかもしれない。各国の首脳や経済界の有力者等の要人が集まる会議である。相応の警備が必要となろう。

会議が無事に終わった後、丸の内でお疲れ様会を開催。

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2016年08月19日

地中海料理「Jerusalem Cafe」(米国ワシントン州)

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米国ワシントン州にある小さな街バンクーバーを訪ね、旧友と共に地中海料理「Jerusalem Cafe」にてディナーをいただく。

店の看板には地中海料理屋としてのイメージを打ち出す意味合いの単語が使われているが、実際には中東料理というかアラビア料理といったほうが適当であろう。この店のフムスは絶品。同じ味を家庭で出そうとしても、なかなか出せない。私も日本へ戻ってきて何度か挑戦したが、やっと近い程度の味が出たぐらいである。

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